現実の兄妹


「恵?」

 病室に向かう恵ちゃんの背後から呼ぶ声が聞こえます。

「今日も学校からまっすぐこっちに来たの?」

「あ、お母さん。うん!」

 恵ちゃんを呼び止めた人は柏木静恵さん。

 恵ちゃんのお母さんです。

「今日も変わりない?」

「うん……まぁ、いつもと一緒かな……」

 静恵さんは病室に入りながら答えます。

 そんなお母さんの後ろをついて行く恵ちゃん。


「………………」

 病室に入ってからすぐ視野に入ったのは、ベッドの上で眠っている人。

 彼女のお兄さんです。

 原因はわかりませんが、恵ちゃんが生まれた時から意識がなかったようです。

「ふふふ……本当に寝てるみたいだね」

 冷蔵庫から冷たい飲み物を取り出して、恵ちゃんに渡す静恵さん。

 恵ちゃんはそれを受け取り飲みます。

「本当の事でしょ?」

「え?」

「息もしているし、成長もしてるんでしょ? だから、間違いなく寝ているの!」

 恵ちゃんは、持っていた鞄を病室の隅に置きます。

 そんな恵ちゃんの姿に、静恵さんはしばらく言葉を口に出せません。

「私がお兄さんの側にいるから、お母さんは少し休んで」

「ん、ううん……大丈夫よ。恵こそ学校で疲れてるでしょうから、家に帰って少し休んだら?」

「私は大丈夫よ」

 そして、鞄の中から教科書とノートを取り出す恵ちゃん。

「学校の宿題があるんだけど、ここでやるわ」

「そ、そう……?」

 恵ちゃんの優しさに、静恵さんは微笑みます。

「それじゃ、おやつでも買ってあげようか? 何か欲しいものは?」

「うん、大丈夫♪」

「うふふ」

 静恵さんは口元に微笑みを浮かべつつ、病室を出て行きます。

 心優しい娘の為に、何かおやつを買ってあげたいのでしょうか?

 ………………

 静恵さんが出て行くのを見て、恵ちゃんはお兄さんが寝ているベッドの端に腰掛けます。

 痩せ細ったお兄さんの腕が、恵の目に入ります。

「そろそろ起きて、一緒に運動でもしようね、お兄さん」

 誰に話をかけているのか……

 恵ちゃんは話し続けます。

「いっぱい寝ると、肌が綺麗になると言うけど、それはウソだね。こんなに痩せちゃって……そう言えば、髪伸びたんじゃない?」

 恵ちゃんは右手でお兄さんの髪を撫でます。

 もしお兄さんと共に成長していたら……

 優しくて、妹思いのお兄さんになりそうな、そんな顔です。

「………………」

「結婚する様な歳になるまで、目を覚まさないつもり?」

「……そしたら、お兄さんのお嫁さんに『うちのお兄さんはねぼすけですよぉ!』って言いつけられないじゃない……ねぇ、お兄さん?」

 ………………

 相変わらずお兄さんの髪を撫でながら、静かに語り続ける恵ちゃん。



 何だか声が震えるのは、気のせいでしょうか。

 いつか……伸びをしながら、眠りから起き出すお兄さんの姿を、思い描く恵ちゃんなのでした。